青山学院大学の投手として、2026年のドラフト上位候補に名前が挙がっている鈴木泰成さん。
大学日本代表でも活躍する長身右腕ですが、どこの出身で、どんな学生時代を過ごしてきたのでしょうか。
甲子園で投げた高校時代から現在までをたどると、けがで進路を考え直した時期や、大学の監督との出会いもありました。
今回は、鈴木泰成さんのwikiプロフィールと、出身中学・高校、青山学院大学での経歴をご紹介します。
鈴木泰成のwikiプロフィール
この4枚だけでも1位指名する価値はありますわね、鈴木泰成さん https://t.co/YXVmGOf67o
— はやし (@9_ya_555) September 18, 2026
鈴木泰成さんは、茨城県出身の右投げ右打ちの投手です。
名前の「泰成」は「たいせい」と読みます。
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 鈴木泰成 |
| 読み方 | すずき たいせい |
| 生年月日 | 2004年5月28日 |
| 年齢 | 22歳(2026年10月22日時点) |
| 出身地 | 茨城県 |
| 身長・体重 | 187cm・92kg |
| 血液型 | A型 |
| 所属大学 | 青山学院大学 |
| 学部・学科 | 社会情報学部・社会情報学科 |
| 学年 | 4年 |
| ポジション | 投手 |
| 投打 | 右投げ右打ち |
| 出身高校 | 東海大学菅生高等学校 |
身長・体重は、青山学院大学が2026年10月に公表したプロフィールの数値です。
187cmという体格も目を引きますが、野球部の公式サイトには、マウンド以外の素顔も載っています。
- 趣味・特技:ドラマ鑑賞、マイクラ
- 好きな食べ物:うどん
- 好きな芸能人:堀田真由さん
- 自分を動物に例えると:キリン
- 座右の銘:泰然自若
ドラマやゲームを楽しむ一面を知ると、同世代の大学生らしさも感じられますね。
座右の銘の「泰然自若」は、物事に動じず落ち着いている様子を表す言葉です。
名前の「泰」の字も入っていて、鈴木さんを覚えるきっかけにもなりそうです。
鈴木泰成の出身小学校・中学校・高校は?
鈴木泰成さんの学歴は、田彦小学校→田彦中学校→東海大菅生高校→青山学院大学です。
小中学校の時期は学校名と所属チームが異なるため、野球をしていたチームも一緒に見ていきましょう。
小学校時代は勝田野球スポーツ少年団!きっかけは祖父
侍ジャパンの公式プロフィールによると、野球を始めたのは7歳ごろで、きっかけは祖父とのキャッチボールでした。
田彦小学校に通いながら、勝田野球スポーツ少年団でプレーしています。
週刊ベースボールの選手紹介では、小学6年生のときにスワローズジュニアに選ばれたことも紹介されていました。
おじいさんとの身近な遊びから始まった野球が、小学生のうちに球団ジュニアの舞台へつながったわけです。
大学日本代表という肩書きから知った人にとっても、野球の原点が分かるエピソードですね。
出身中学は田彦中学校!友部リトルシニアでプレー
出身中学校は田彦中学校で、硬式野球チームの友部リトルシニアに所属していました。
中学校の部活動でプレーしていたという意味ではなく、学校に通いながらクラブチームで経験を積んでいます。
中学3年生の夏には、リトルシニアの全国大会にも出場しました。
少年団、球団ジュニア、リトルシニアと、成長に合わせてさまざまな舞台を経験してきたことが分かります。
東海大菅生高校ではセンバツ8強に貢献
高校は東京都にある東海大学菅生高等学校へ進学しています。
1年生の秋から公式戦で登板し、2年生だった2021年春にはセンバツのマウンドにも上がりました。
この大会では2試合に先発し、チームのベスト8入りに貢献しています。
ただ、高校時代はけがにも悩まされ、同じ年の夏は右肘の故障により甲子園のベンチメンバーから外れました。
チームが甲子園に出場していても、本人がその大会で登板したとは限らないので、春と夏は分けて押さえておきたいところです。
高校3年生の夏は西東京大会で準優勝となり、最後の夏の甲子園出場はかないませんでした。
侍ジャパンの公式Q&Aでも、野球人生で最も悔しかったこととして、西東京大会の決勝で敗れた経験を挙げています。
全国で投げた実績だけでなく、思うように出場できなかった大会や、あと一歩で届かなかった夏もあったんですね。
鈴木泰成の青山学院大学での経歴
鈴木泰成さんは2023年に青山学院大学へ進学し、1年生の春からリーグ戦に登板しています。
主な歩みを時系列にすると、次のようになります。
| 時期 | 主な出来事 |
| 2023年 | 青山学院大学に入学し、春のリーグ戦でデビュー |
| 2024年 | チームの大学四冠に貢献 |
| 2025年 | 侍ジャパン大学代表に選出 |
| 2026年 | WCBCの大学日本代表に選出 |
| 2026年7月 | 韓国戦で6回1安打14奪三振を記録 |
入学後はリリーフとして経験を積み、最終学年には先発としてもチームを支える存在になっています。
大学進学を後押しした安藤監督との出会い
青山学院大学への進学には、安藤寧則監督からの熱心な誘いがありました。
高校野球ドットコムの取材によると、鈴木さんはもともと高校卒業後のプロ入りを考えていたものの、右肘の手術を経て大学進学へ方針を変えています。
高校3年生の春に訪れた安藤監督は、投げられなくなったとしても、一緒に野球に取り組みたいという思いを伝えたそうです。
監督が見ていたのは投手としての実力だけではなく、学校での振る舞いや学業に向き合う姿勢も含めた人柄でした。
けがの後に進む場所を考える時期に、競技成績以外の部分も認めてもらえたのは、心に残る出来事だったのではないでしょうか。
その後、鈴木さんは大学で経験を重ね、2026年春の取材では、優勝とドラフト1位で監督に恩返ししたいという目標を語っています。
大学日本代表では韓国戦で14奪三振!
2025年には日米大学野球選手権の大学日本代表に選ばれ、翌2026年も国際大会のメンバーに入りました。
特に目を引くのが、2026年7月12日のWCBC韓国戦で記録した6回1安打・14奪三振・無失点です。
6イニングで取った18個のアウトのうち、14個が三振だったということになります。
しかも四球を与えず、日本の10対0の7回コールド勝ちにつながる投球を見せました。
試合後には、直球に加えてカーブでカウントを取り、フォークを決め球にできたと振り返っています。
速いボールで押すだけではなく、複数の球種がかみ合った結果だったことが分かりますね。
大学の試合に加え、国際大会でも先発を任されて結果を残した経験は、経歴の大きなポイントです。
鈴木泰成の最速は155キロ!球種や強みは?
鈴木泰成さんのストレートの最速は155キロです。
2026年7月4日の大学日本代表とENEOSの対外試合で、自己最速を記録したことが侍ジャパンの公式サイトで伝えられています。
この試合では3イニングを投げ、1安打、4奪三振、無失点という内容でした。
主な持ち球には、次のような変化球があります。
- スライダー
- カーブ
- スプリット
- フォーク
2026年春の取材では、先発での投球に向けてカーブの精度を高めたり、投球フォームを見直したりしたことも語られていました。
また、体重を79kgから92kgへ増やしたことも紹介されており、大学で体づくりを進めてきたことが分かります。
過去の選手名鑑と現在のプロフィールで体重が違うのは、こうした変化もあるためです。
代表の鈴木英之監督も、球速だけでなく制球、変化球、守備などを含めた総合力を評価していました。
「何キロ出る投手なのか」に注目しがちですが、試合を任される理由は球速以外にもあるようです。
まとめ
鈴木泰成さんは、東海大菅生高校を経て、青山学院大学と大学日本代表で活躍する投手です。
- 2004年5月28日生まれの22歳で、茨城県出身
- 身長187cm、大学公表の体重は92kg
- 田彦中学校時代は友部リトルシニアに所属
- 東海大菅生高校では2021年春のセンバツ8強に貢献
- 青山学院大学では1年春から登板し、大学日本代表も経験
- 最速155キロで、2026年の韓国戦では14奪三振を記録
甲子園での登板、けがによる進路変更、大学での成長と、プロフィールの数字だけでは見えない歩みもありました。
祖父とのキャッチボールから始まった野球が、日本代表のマウンドへつながっていると思うと、投球を見る楽しみも増えますね!