子ども向け料理番組の「まいんちゃん」として親しまれ、朝ドラ『舞いあがれ!』ではヒロインを務めた福原遥さん。
今の活躍を見ると、子どもの頃から芸能界に憧れていたのかな?と思いますよね。
ところが、芸能界入りのきっかけはダンス教室探し。幼い頃は人見知りで、芸能活動を辞めようと考えた時期もあったんです…!
今回は、福原遥さんの生い立ちを、幼少期の性格や家族との思い出、子役時代、学生時代のエピソードとともに見ていきましょう!
福原遥のwikiプロフィール
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— 日本セクシー美女図鑑 (@boobs_japanese) November 13, 2025
福原遥さんは、1998年8月28日生まれ、埼玉県出身です。
まずは、公式プロフィールで確認できる基本情報をご紹介します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 福原遥 |
| 名前の読み方 | ふくはら はるか |
| 生年月日 | 1998年8月28日 |
| 年齢 | 28歳(2026年10月4日時点) |
| 出身地 | 埼玉県 |
| 血液型 | A型 |
| 身長 | 160cm |
| 趣味 | ダンス |
| 特技 | 料理 |
趣味はダンス、特技は料理。どちらも、子どもの頃からの経験につながるプロフィールですね!
福原遥の生い立ち!幼少期から学生時代まで
福原遥さんは、ダンスが好きな女の子から子役へ、そして「まいんちゃん」や雑誌モデルへと活動の幅を広げていきました。
ただ、華やかな仕事の裏には、学校との両立に悩んだ時期や、うまくできずに涙を流した経験もあったそうです。
幼少期は人見知り!家族とは釣りを楽しむ活発な一面も
福原遥さんは、幼い頃の自分について、人見知りでありながらおてんばな子だったと振り返っています。
2022年のReal Soundのインタビューでは、人と仲良くなるまで時間がかかり、自分の意見もなかなか言えなかったと話していました。
仕事の現場でも、大人の目を見られず、お母さんの後ろにいるような子だったそうです。
一方で、内面は活発で、外で遊ぶことが好きだったとのこと。人見知りだけど、遊ぶのは大好きという一面があったんですね!
2020年のgirlswalkerのインタビューでは、子どもの頃の家族は父親・母親・福原さん・弟の4人で、海が好きな家族とよく釣りに出かけていたと明かしています。
小学生の頃には、電車で寝ぼけて、お母さんだと思って知らない人についていってしまったこともあったそう。
ご家族はびっくりしたでしょうが、幼い頃の様子が目に浮かぶエピソードです。
小学1年生で子役に!きっかけはダンス教室探し
福原遥さんが芸能活動を始めたのは、小学1年生の頃です。
最初から女優やアイドルを目指していたわけではなく、もともと好きだったダンスを習いたいという気持ちが出発点でした。
2023年7月放送の『A-Studio+』で語った内容によると、幼稚園の友達に紹介されたダンススクールに行ってみたところ、そこが子役事務所だったそうです。
ダンスや歌を習ううちに、CMなどのオーディションを勧められ、芸能の仕事にも挑戦するようになりました。
ダンスを習うつもりが、芸能界への入り口になったとは…!習い事感覚で始めたことが、その後の人生を大きく変えたんですね。
「まいんちゃん」に抜擢!落ちたら芸能界を辞めるつもりだった
まいんちゃんが結婚💕
— 心結🌸miyu (@miyu_miyu214) October 2, 2026
クッキングアイドルのまいんちゃん、娘が小さい頃大好きでした!
おめでとうございます✨#福原遥 pic.twitter.com/D2ySroiNDR
2009年から2013年まで放送された『クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!』で、主人公の柊まいんを演じた福原遥さん。
この役をきっかけに、「まいんちゃん」として広く知られるようになりました。
ところが、オーディションを受けた当時は、落ちたら芸能活動を辞めると家族で決めていたそうです。
『A-Studio+』での話では、ドラマのオーディションになかなか受からない悔しさがあり、学業と仕事の両立についても家族で話し合っていたとのこと。
最後に挑戦しようと受けたのが、「まいん」のオーディションでした。
あの代表的な役との出会いには、こんな決断があったんですね。
番組のスタッフは、収録が始まる何か月も前からゲームやレッスンの時間を作り、人見知りだった福原さんが打ち解けられるようにしてくれたそうです。
テレビで見せていた明るい姿の背景には、安心して過ごせる現場の支えもあったことが分かります。
子役時代には悔し涙も!アフレコでうまくできず帰宅後に泣いた
楽しそうな「まいんちゃん」の姿からは想像しにくいですが、福原遥さんには、仕事でうまくできずに泣いた経験もあります。
2015年のORICON NEWSのインタビューでは、初めてのアフレコで、ベテラン声優たちの中、自分だけうまくできなかったことを明かしています。
現場では泣かずにこらえたものの、家に帰ってから涙があふれたそうです。
本人は、できないことがあると燃えるタイプで、泣きやんだらすぐに練習していたとも話していました。
悔しさを練習につなげる負けず嫌いな一面は、幼い頃からあったんですね。
かわいらしい笑顔の裏に、頑張り屋さんの素顔が見えてきます!
中学時代は吹奏楽部!クラリネットに打ち込んだ
福原遥さんは中学時代、吹奏楽部でクラリネットを担当していました。
研音の公式イベントレポートでも、中学時代に吹奏楽部で演奏していたことが紹介されています。
2022年のReal Soundのインタビューによると、最初はテニス部に入りたかったそうですが、日焼けのこともあり、吹奏楽部に入ることになったとのこと。
担当楽器も、もともとの希望はフルートで、次がサックス。
ところが、親戚がクラリネットを持っていると話したことから、クラリネットを担当することになったそうです。
最初は音を出せなかったものの、そこから練習を重ねました。
仕事が学校行事と重ならないように調整してもらい、コンクールや朝練、土日の練習にも参加。
家では音が響くため、車の中で練習したこともあったといいます。
芸能の仕事だけでなく、部活動にも打ち込んでいたんですね!本人が青春だったと振り返る、大切な学生時代の思い出です。
中学時代に『ピチレモン』の専属モデルへ
福原遥さんは2012年、『第20回ピチモオーディション』でグランプリを獲得し、『ピチレモン』の専属モデルになりました。
girlswalkerでは、約9,000人の応募者の中から選ばれたと紹介されています。
「まいんちゃん」として活動するだけでなく、自分からモデルにも挑戦していたんですね!
ただ、ORICON NEWSのインタビューでは、モデルを始めた頃も先輩のようにポーズができず、悔しくて泣いていたと振り返っています。
子役、声の演技、モデルと、新しい仕事に挑戦するたびに、できないことに向き合ってきた様子が伝わります。
福原遥が女優を目指したきっかけは?憧れの朝ドラヒロインへ
さまざまな仕事を経験してきた福原遥さんですが、女優を目指すうえで大きなきっかけとなったのが、朝ドラとの出会いでした。
井上真央主演の『おひさま』を見て女優に憧れた
福原遥さんは、2011年放送の朝ドラ『おひさま』を見て、女優の仕事に憧れたと語っています。
2022年のWEBザテレビジョンのインタビューでは、人に感動や影響を与えられる作品を見て、自分も挑戦したいと思ったと明かしていました。
2015年には子役事務所から研音へ移籍し、女優としての活動に力を入れるようになります。
当時のORICON NEWSでは、お手本になる俳優がいる環境で学び、ステップアップしたいと考えたことを話していました。
子どもの頃に始めた活動の中で、目指したい姿を見つけていったんですね。
『舞いあがれ!』で憧れの朝ドラヒロインに
そして福原遥さんは、2022年度後期の朝ドラ『舞いあがれ!』でヒロイン・岩倉舞役を務めました。
ヒロイン決定時の研音公式コメントでは、幼い頃から朝ドラに勇気や元気をもらい、自分も視聴者に明るい力を届けたいと夢見ていたことを明かしています。
朝ドラを見て憧れていた少女が、今度は朝ドラで誰かを励ます側になったんです。
生い立ちを知ってから見ると、この夢の実現がより印象に残りますね!
まとめ
今回は、福原遥さんの生い立ちについて、幼少期から子役時代、学生時代、女優を目指したきっかけまでご紹介しました。
- 埼玉県出身で、幼い頃は人見知りながら活発な一面もあった
- ダンス教室探しをきっかけに、小学1年生から芸能活動を始めた
- 「まいん」のオーディションに落ちたら、芸能活動を辞めるつもりだった
- 中学時代は吹奏楽部でクラリネットを担当し、モデルにも挑戦した
- 『おひさま』に憧れ、その後『舞いあがれ!』のヒロインを務めた
華やかな活躍の裏には、家族やスタッフの支えと、できないことに向き合う積み重ねがあったんですね。
幼い頃からの経験を重ねてきた福原遥さんが、これからどんな役や表現に挑戦していくのか楽しみです!