最速157キロのストレートで注目を集める、横浜高校の織田翔希(おだ・しょうき)投手。
2026年10月にはアメリカへの挑戦を表明し、高校卒業後の進路にも関心が集まっています。
その活躍を見ると、年齢や出身地はもちろん、どんな家族がいて、中学時代はどこで野球をしていたのかも気になりますよね。
実は、出身の足立中学校では軟式野球に取り組み、妹とも同じチームでプレーしていました。
今回は、織田翔希さんのwikiプロフィール、母親や姉妹を含む家族構成、出身中学とこれまでの経歴を紹介します。

織田翔希のwikiプロフィール!年齢や身長・出身地は?
【横浜・織田翔希 MLB挑戦を表明】 https://t.co/llBYJgge5U
— Yahoo!ニュース (@YahooNewsTopics) October 15, 2026
織田翔希さんは、福岡県北九州市出身で、横浜高校に在学する18歳の投手です。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 名前 | 織田翔希 |
| 読み方 | おだ しょうき |
| 生年月日 | 2008年6月3日 |
| 年齢 | 18歳(2026年10月22日時点) |
| 出身地 | 福岡県北九州市 |
| 高校・学年 | 横浜高校・3年 |
| 身長・体重 | 186cm・80kg(2026年10月の日刊スポーツ掲載値) |
| ポジション | 投手 |
| 投打 | 右投げ・右打ち |
| 最速 | 157km/h |
| 好きな言葉 | 親孝行 |
186cmの長身から投げ込む速球が大きな武器で、高校球界でも注目されてきました。
福岡で生まれ育ち、高校進学を機に神奈川へ移りました。
剛速球のイメージとは違う?性格は「心配性」
日刊スポーツの紹介では、本人が挙げた性格は「心配性」でした。
157キロを投げる投手と聞くと、何事にも動じないタイプを想像してしまいますが、ちょっと意外です。
野球以外の特技とストレス解消法には、どちらも寝ることを挙げています。
大きな舞台で投げる姿だけでは見えない、等身大の高校生らしさもありますね。
織田翔希の家族構成は?母親や父親・姉妹について
2026年10月の日刊スポーツでは、織田翔希さんの家族として母親・姉・妹が紹介されています。
織田さんは、3人きょうだいの真ん中です。
| 家族 | 確認できる情報 |
|---|---|
| 母親 | 祐子さん/食事や進路の相談で息子を支えてきた |
| 姉 | 存在が報じられているが、詳しいプロフィールは確認できない |
| 本人 | 織田翔希さん/3人きょうだいの真ん中 |
| 妹 | みなみさん/中学時代は兄と同じ軟式野球部でプレー |
母親の祐子さんは取材にも応じていて、食事や進路の相談など、日々のサポートについて話しています。
母親は祐子さん!好物はお母さんの唐揚げ
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母親の祐子さんは、中学時代の織田さんの体づくりを食事で支えてきました。
栄養や食べるタイミングを調べ、中学に入ってからはお米を多く食べられるよう工夫していたそうです。
帰省時に織田さんが楽しみにしているのは、お母さんが作る甘めの唐揚げ。
みりんとしょうゆで漬け込んだ味で、帰省すると真っ先にリクエストするそうです。
親子の関係が伝わるのは、食事の話だけではありません。
2026年夏の甲子園を終えたあとには、織田さんが祐子さんへ手紙を渡したことも報じられています。
幼いころから、謝りたいことや感謝の気持ちを手紙にして伝えてきたそうです。
面と向かっては照れくさいことも、手紙なら伝えられるのでしょうね。
普段の食事への感謝を言葉にしているところにも、織田さんの素顔が見えます。
姉と妹がいる3人きょうだい!妹とは野球部の仲間だった
きょうだいは姉と妹で、妹のみなみさんについてはスポーツ報知でも紹介されています。
みなみさんは、中学時代に織田さんと同じ軟式野球部でプレーしていました。
兄の試合を客席から見るだけでなく、同じチームの選手として一緒に戦っていたわけです。
家族であり、かつてのチームメートでもあるというのは、なかなか特別な関係ですね。
お姉さんについては、今回確認したスポーツ紙では名前や年齢、職業などの詳細までは紹介されていませんでした。
父親はどんな人?名前や職業は確認できる?
父親については、名前や職業、野球経験などを裏づける詳しい情報は確認できませんでした。
日刊スポーツは、祐子さんが女手一つで織田さんを育ててきたことを伝えています。
ただし、父親との現在の関係や家庭の詳しい事情までは報じられていません。
織田翔希の出身中学は北九州市立足立中学校!軟式野球で全国へ
織田翔希さんの出身中学は、福岡県の北九州市立足立中学校です。
中学時代は硬式のクラブチームではなく、学校の軟式野球部でプレーしていました。
横浜高校の速球派という現在の姿から、ずっと硬式野球で育った選手だと思っていた方もいるかもしれません。
小学校からの学歴は次のとおりです。
| 区分 | 学校名 |
|---|---|
| 小学校 | 北九州市立足立小学校 |
| 中学校 | 北九州市立足立中学校 |
| 高校 | 横浜高校 |
足立小学校1年で野球を始め、中学では143キロを記録
野球を始めたのは、足立小学校1年生のときでした。
幼なじみに誘われ、地元の軟式野球チーム・足立クラブでプレーするようになったそうです。
その後、足立中学校へ進み、中学3年時には全国中学校軟式野球大会に出場しました。
中学時代の最速は、軟式球で143キロ。
高校生でも簡単には出せない数字を、中学生のころに記録していたんですね。
名門の横浜高校で注目される前から、速球を武器に全国の舞台を経験していました。
北九州から横浜高校へ!進学を決めたのは本人
高校進学では地元を離れ、神奈川の横浜高校を選びました。
祐子さんによると、横浜高校への進学は織田さん自身が決めたそうです。
母親は県外進学を想定していなかったため、驚きも寂しさもあったと振り返っています。
それでも、本人が決めたこととして送り出しました。
帰省するたびに、あいさつや言葉遣いの変化にも驚いていたとのこと。
球速や成績だけでなく、家で接する姿にも高校生活での成長が表れていたようです。
織田翔希の経歴!横浜高校ではセンバツ優勝に貢献
横浜高校では1年春からベンチ入りし、2年春のセンバツで全5試合に先発して優勝に貢献しました。
入学直後から試合に関わり、翌年には全国制覇を経験しています。
主な経歴を時系列で見てみましょう。
| 時期 | 主な出来事 |
|---|---|
| 2024年 | 横浜高校に入学し、1年春からベンチ入り |
| 2025年春 | センバツ優勝に貢献 |
| 2025年夏 | 夏の甲子園でベスト8 |
| 2026年夏 | 神奈川大会で最速157キロ、夏の甲子園でベスト4 |
| 2026年9月 | 高校日本代表としてU18アジア選手権に出場 |
| 2026年10月15日 | 米球界への挑戦を表明 |
2025年春から2026年夏まで、甲子園には4季連続で出場しました。
2026年夏は神奈川大会で157キロ、甲子園では156キロを記録しています。
中学時代の143キロから、高校最後の夏には157キロへ。
速球の数字に加え、全国の舞台で経験を積んできたことも、織田さんの経歴の大きな特徴です。
織田翔希の今後の進路は?アメリカ挑戦を表明
織田翔希さんは2026年10月15日、日本のプロ野球を経由せず、アメリカで挑戦する意向を表明しました。
目標は世界一の投手になること。
高校日本代表として海外の選手と戦った経験が、さらに上を目指したいという思いにつながったそうです。
若いうちから英語に触れ、将来チームで自分の意思を伝えられるようになりたいという考えも明かしています。
進路は母親にも相談し、祐子さんは挑戦しなかったことを後悔してほしくないという思いで、本人の決断を後押ししました。
なお、会見ではマイナーリーグだけでなく、アメリカの大学進学も選択肢に挙げています。
会見時点では特定の球団や大学への所属決定を発表したわけではないため、具体的な進路先は今後の正式発表を待ちたいですね。
まとめ|織田翔希のwikiプロフィール・家族構成・出身中学
織田翔希さんは、福岡県北九州市出身で、足立中学校から横浜高校へ進んだ投手です。
- 2008年6月3日生まれで、2026年10月22日時点で18歳
- 身長186cm、右投げ・右打ちの最速157キロ右腕
- 家族として母・祐子さん、姉、妹が紹介されている
- 妹のみなみさんとは、中学の軟式野球部でチームメート
- 出身校は足立小学校・足立中学校で、高校は横浜高校
- 2025年春のセンバツ優勝に貢献し、2026年10月には米球界への挑戦を表明
足立中学校の軟式野球部から、横浜高校で全国の舞台へと進んできた織田翔希さん。
次に目指すのはアメリカでの挑戦です。
高校野球で磨いた速球を武器に、これからどんな投手へ成長していくのか楽しみですね!
