川口市議会議員として活動している岡本さゆりさん。
本人の過去のSNSには、母親との確執や、家族から向けられた厳しい言葉についての投稿があります。
なかでも目を引くのが、母親から「呪ってやる」と言われたという告白です。
母親との間に何があったのか、教会に助けを求めたという話も気になるところですよね。
今回は、岡本さゆりさんが語った家庭での経験を中心に、生い立ちや学歴、市議になるまでの歩みを見ていきます。

岡本さゆりのwikiプロフィール|川口市議で3児の母
おはようございます 川口駅でご挨拶を行いました。 この度は、多くの皆さまからの温かいご支援を賜り、当選の機会をお与えいただきましたことに、心より感謝申し上げます。 私たちの社会に分断を持ち込む排外主義を決して許さず、あらゆる差別に抗い、誰もが尊厳をもって生きられる社会の実現に向けて、責任の重さを胸に刻み、全力で取り組んでまいります。 この思いを行動で示し、誰一人取り残さない政治を実現していきます。これからが本当のスタートです。 #岡本さゆり #差別に入れない #差別反対
— 【公式】岡本さゆり@川口市 city council member(無所属反差別) (@OKAMOTO_SAYURI_) February 1, 2026
岡本さゆりさんは、2026年2月に初当選した川口市議会議員です。
生い立ちを振り返る前に、基本的なプロフィールをご紹介します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 岡本さゆり |
| 名前の読み方 | おかもと さゆり |
| 生年月日 | 1989年5月24日 |
| 年齢 | 37歳(2026年10月13日時点) |
| 出身地 | 東京都 |
| 職業 | 川口市議会議員 |
| 所属会派 | 無所属 |
| 家族 | 夫・子ども3人 |
| 大学 | 中央大学法学部通信教育課程で学び直し中(本人プロフィール) |
仕事や子育て、大学での勉強を経験してきた一方で、過去のSNSでは実の母親との関係に悩んだことも明かしています。
岡本さゆりの生い立ち|母親との確執を本人が告白
岡本さんは、母親の信仰や投票先をめぐる衝突、家庭の外に助けを求めた経験を過去のXで語っています。
まずは、2023年の投稿から母親との関係を見ていきましょう。
母親の信仰や投票先をめぐって衝突
本人の説明では、母親は創価学会を信仰しており、岡本さんとは投票先をめぐって意見が合わなかったことがあったそうです。
2023年4月11日のXには、母親から公明党への投票を求められたという投稿があります。
岡本さんが自分はれいわに投票したと伝えると、母親が強く反応したという内容でした。
その際、岡本さんは母親について、家族よりも創価学会を大事にしていると感じたことを書いています。
政治や信仰の違いが、岡本さんにとっては親子関係のつらさにもつながっていたようです。
母親から逃れるため、近所の教会に駆け込んだ
2023年7月24日のXでは、母親から逃れる際に近所の教会に駆け込んだと明かしています。
創価2世悲惨な家庭環境→中2で両親離婚→母親から毎日の虐待に耐えきれず家出→転々とし今の夫と出会うが母親からの干渉がまだ強く近くにあったキリスト教会に駆け込み助けてもらう→キリスト教徒に→3人の子供に恵まれる→国に不安や不信→れいわ新選組を知り、今に至ります
— 【公式】岡本さゆり@川口市 city council member(無所属反差別) (@OKAMOTO_SAYURI_) March 7, 2023
岡本さんは、その教会で助けてもらい、キリスト教徒になったと説明していました。
母親との関係に悩むなかで、家庭の外に助けを求めたことが分かります。
ただ、教会に駆け込んだ当時の年齢や詳しい時期は、この投稿では明かされていません。
岡本さゆりの母親の「呪ってやる」発言とは?
「呪ってやる」という言葉は、2024年10月13日に岡本さんがXで紹介した母親の発言です。
本人は、母親から次のような言葉を向けられたと投稿していました。
「あんたなんかさっさと死ね」
岡本さゆりさんのX(2024年10月13日)
「呪ってやる」
親からこうした言葉を向けられたという話は、読むだけでも重いものがあります。
この投稿は岡本さんが35歳だった時の発信で、幼少期の出来事を直接説明したものではありません。
本人名義の家で、母親が書いたというノートを発見
創価池田狂の母親から 「あんたなんかさっさと死ね」 「呪ってやる」 と言われました 私名義の家に母親が住んでるんだけど 家賃回収のため部屋行ったら 「さゆり 地獄落っこちろ」的なことを書いてあるノートが仏壇に供えてあった 母親は留守 ノートはとりあえずもらっといた https://t.co/IzRRbk1uIr
— 【公式】岡本さゆり@川口市 city council member(無所属反差別) (@OKAMOTO_SAYURI_) October 13, 2024
同じ投稿では、母親が住んでいる本人名義の家を、家賃の回収で訪れた際の出来事も説明しています。
母親は留守だったものの、仏壇には岡本さんが地獄に落ちることを願うような内容のノートが供えてあったそうです。
岡本さんは、そのノートを持ち帰ったと書いていました。
「呪ってやる」という言葉だけでなく、自分に向けた内容のノートまで見つけたというのですから、穏やかな親子関係とは言い難い話ですね。
ここで紹介している家庭での出来事は、岡本さん本人の説明です。
現在も同じ状態が続いているのか、親子関係がその後どう変わったのかまでは、詳しいことは分かっていません。
岡本さゆりの生い立ちと学歴|東京生まれから大学での学び直しへ
母親との関係以外にも、本人のプロフィールや過去の投稿から、生まれた場所や父親の思い出、仕事や学びの経歴が分かります。
東京都生まれで、父親は富山県出身
岡本さんは1989年5月24日に東京都で誕生しました。
2023年5月11日のXでは、父親が富山県出身だったと明かしています。
父が富山出身で、言葉がいつも結構訛ってたからおもしろかった記憶
岡本さゆりさんのX(2023年5月11日)
父親の方言を懐かしく振り返るような投稿で、母親との確執を語った投稿とは違う、家族の思い出も残っています。
高校卒業後に就職し、中央大学で学び直し
本人が公開している選挙前のチラシによると、岡本さんは高校卒業後に就職し、事務の仕事をしていました。
出身高校の名前は、今回確認した本人資料には載っていませんでした。
その後、中央大学法学部の通信教育課程で学び直しをしていると紹介しています。
現在の本人プロフィールにも、学び直し中の現役大学生と記載されています。
2026年5月15日のXでは、社会人大学生として中央大学法学部の講義を受けていると投稿していました。
高校卒業後に働き始めてから、大学で学ぶ道も選んでいたんですね!
また、選挙前のチラシでは、女性の政治参加を支援するパリテ・アカデミーの7期修了生であることも紹介されています。
岡本さゆりは3児の母!市議になるまでの経歴
岡本さゆりさんは、川口市での仕事や子育てを経て、政治活動に取り組むようになりました。
母親との確執を語る一方で、自身も3人の子どもを育てる母親になっています。
2010年に川口市へ移り、3人の子どもを出産
本人のプロフィールによると、2010年に就職をきっかけに川口市民になりました。
2015年に第1子、2019年に第2子、2020年に第3子を出産したと紹介しています。
選挙前のチラシでは、第1子が男の子、第2子と第3子が女の子であることも記載されていました。
同じチラシには、会社員として働きながら、さまざまな社会問題に関心を持ち、政治活動を始めたという説明があります。
学校給食や保育料に関する政策でも、3人を育てる母親としての視点を示していました。
戸田市議選の落選を経て、川口市議補選で初当選
2025年1月26日の戸田市議会議員選挙に立候補しましたが、744票で落選しました。
その後、2026年2月1日の川口市議会議員補欠選挙に無所属で立候補し、2万4,154票を獲得して初当選しています。
一度の落選を経て、翌年の選挙で議席を得たという経歴です。
川口市議会の公式紹介では、総務常任委員会と都市基盤整備・危機管理対策特別委員会に所属しています。
まとめ
今回は、岡本さゆりさんが語った母親との確執や「呪ってやる」発言、生い立ちとその後の経歴を見てきました。
- 母親の信仰や投票先をめぐって衝突した経験を本人が発信
- 母親から逃れるため、教会に助けを求めたと説明
- 2024年10月に母親から「呪ってやる」と言われたと投稿
- 高校卒業後に就職し、中央大学法学部通信教育課程で学び直し
- 3児の母となり、2026年の川口市議補選で初当選
本人が語った家庭での経験や、仕事・子育て・学び直しの経歴を見ると、SNSの発言だけでは見えてこない歩みもありますね。
議員としての言動は問われますが、生い立ちだけで人柄のすべてを決めつけることも避けたいところです。

